2018年11月11日 (日)

2-4 釣り、柿と御稲荷さん「

 午前中は小説の執筆。午後は1時間半ほど、隣町にある狭山池にクロスバイクで出かけた。久々だ。昨日は狭山湖、きょうは狭山池。

 60年以上前の少年の頃、ここに友達と何度か釣りに来た。鮒とか鮠が釣れたようだ。が、私たちにはめったに釣れなかった。それでも夢中になっていた。そうそう、おじいさんと一度来たことがある。その時は、バス停前にある蕎麦屋で昼食を食べた。その店はまだある。
 今は釣りは禁止の看板が出ている。なぜだろう。子どもたちが禁止を提案したのだろうか。
 
 戻って来てから再び執筆。

 しばらくして近所のおばさんから、柿をたくさんもらったので、少し上げましょう、と言われた。が、少しでなくたくさんいただいた。甘くておいしい。
 また、しばらくして、そのおばさんが、今度はお稲荷さんを作ったのでお持ちしますと来られた。こちらも大変おいしかった。

 私が一人暮らしで食べることに不自由しているだろうと、ご親切にしてくださっているのだ。なんと、ありがたいことだろう。

 夕食時、女友達から電話があった。狭山湖と散歩している川沿い(遊歩道)の写真をスマホで送っておいたのだ。つい酔った勢いで雑談が過ぎた。うれしくもあるが。

 では、また

2018年11月10日 (土)

2-3 狭山湖へ

 気温は高めてあるが気持ちよい秋晴れだ。朝から落ち着かない。洗濯と掃除をして出かけようとたくらんだのだ。

 よし、出発だ。クロスバイクにまたがり、久々に狭山湖を目指した。狭山丘陵の尾根伝いのサイクリングロードを走る。大型台風の影響で樹木の葉が少なく、紅葉した葉もかなり落ちてしまっている。隙間だらけの樹木の林立は、哀歓があって気に入っている。

 堤防から湖となだらかな丘陵を眺め、いつも思う。祖先は湖底の「勝楽寺村」に住んでいたことを。祖父の時代、父が16歳の時の昭和8年ごろに移転したと聞く。当時を知るものは、既に皆無であろう。私はいつしかここに来ては、かわいがってくれた祖父を思い出し「おじいさーん」と呼ぶのが習慣になった。

 午後は小説書きに専念。今月中には仕上げたいが。夕刻には40分ほど、夕焼け雲を見ながら近くの川沿いを散歩した。時々会う人たちの姿は一人としてなかった。それでも、心は浮き立ちスキップした。

 あとは入浴して気ままにビール・ワイン夕食を、今夜も楽しもう。

 では、また

2018年11月 9日 (金)

2-2 一人暮らし

  昨年4月から一人暮らしになった。築30年のけっこう広い一軒家に住まっている。芝生の庭に草花と樹木が10本ほど植わっている。 

 人に会う仕事は月に半日程度。カルチャーセンターの講座仲間と月2~3回会う。それに女友達とは月に2~3回デートする。これに加えて先日、近所の高齢お姉さんたちとカラオケを月に1回楽しむことにした。歌は上手でないが大好きだ。少年の頃からいつも口ずさんで来た。
 これらを合わせると、69歳、一人暮らしの私は月に数日、人と会う機会を得ている。他にヤクルトレディが週1回訪ねて来て数分話をする。これは別格だろう。
 

 これでも、ちょっとは優雅かもしれない。健康であるし。
 ほんとは3日に1回(月に10日)は人と会う機会を持ちたい。寂しがり屋なんで。 

 毎日のようにしていることは、小説書きと読書である。書きあがるとカルチャーに提出し、合わせて文学賞へ応募することもある。もう、7年目だが上達が遅い。賞はもらったことがない。
 それでも辞めない。20歳時の夢に、初めて真正面から向かい合っているのだ。死ぬまで続けたい。

  もう一つ、2~3年前から文芸ものを中心に週に1,2本映画を見ている。珍しいものでは、最近「赤毛のアン」を観た。中一の時に初めて読んだのがこの小説である。
 昨年、5月と先月にも続き物で上映された。最初のものでは、恥ずかしいが泣きどおしであった。やはり、私は愛されるべき親から愛されない子供に過剰に共感してしまうのだ。これが寂しさを呼んでしまう。克服が生涯のテーマだ。

 掃除、洗濯、庭の芝生の手入れ、枝の伐採も滞りなくこなしている。食事は外出時以外、食材料を買い、自分で調理して食べている。ビールや、ワインも空けることなく控えめに楽しんでいる。辞めたい煙草も辞めずに煙草税を長年納めている。 

 私の趣味は散歩(時に短いジョギング)であろう。週に4~5日、朝と夕に30分から1時間程度行う。もう続けて22年になろうか。散歩初めから7年半は飼い犬と一緒だった。
 他に10年前からクロスバイク(自転車)で、遠乗りを楽しんでいることもある。また、30代半ばに水彩画を学んだので、一人旅をしながら風景をスケッチしたいと言う夢がある。
 

 明日、明後日は秋晴れのようだ。明日は、掃除、洗濯してから、久々に相棒であるクロスバイクで遠乗りを楽しみたい。 

 では、また

2018年2月18日 (日)

7-24 芽音

(詩)

 北風吹く 寒さの中に

 ひとり身を おけば

 厳しさに 糺されて

 春の芽音を 聞くだろう

2018年2月 1日 (木)

7-23 小径を行く

(詩)

 北風と手をつなぎ その冷たさに温まり

 雑木林 公園に挟まれた小径を行く

 遠くに近くに こだまする子供たちの声

 通り抜けた背中を 朝日の光がこぼれた

 

2018年1月31日 (水)

7-22 小さな草の芽

(詩)

 黄色い枯草がなびき 白い雪が照り返し

 騒ぐ北風が ヒューと大空に舞い上る

 日向へと そよりそよりと寄れば

 小さな草の芽が こんにちわと迎えていた

 

2018年1月30日 (火)

7-21 灼けた瞳

(詩)

 灼けた瞳が 突き刺さってきた

 泣かそうとでも 言うように

 静かに 動くこともなく

 ただただ きらきら きらきら

2018年1月29日 (月)

7-20 悲哀

(詩)

 あの日 空を見上げて 悲哀をうたった

 否定をキャンパスに 書きなぐったときに

 すべては彼方に 美しく咲いた

 それを見ていて いつしか涙を止めた

2018年1月25日 (木)

7-19 寂しい 哀しいは

(詩)

 寂しい 哀しいは 

 ひとりじゃない ひとり

 今もその人と 愛を生きてる証

 ならば歩こう こぼれる笑顔で 

2018年1月23日 (火)

7-18 さがしもの

(詩)

 涙して 涙して

 誰もが 耐えがたい悲しみを生きる

 その奥にあるという 深いもの

 朽ちることのない さがしもの

 

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