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2016年12月 7日 (水)

3-2 三本榎の人々

 

    三本榎の人々   

 

ヒデ爺とサヨ婆は夫婦仲が良く、近所の人々の間で評判であった。人々は榎町の史跡公園にあるベンチに集い、いつも二人を話題にしていた。

 

公園は大きな榎の木の枝で覆われ、古くからこの地は「三本榎」と呼ばれている。かって旅する人々の休憩所として、三本の榎が植えられたと言われる。二キロ西には、「二本榎」の木もあり、その先の隣町には「一本榎」の史跡もある。

 

元気だった二人は八十歳を超え、次第に弱くなり三本榎に行けない日が多くなった。隣近所の人たちは野島民生委員と協力して、時々自宅を訪ねては二人の様子を伺った。

 

今年も新年が明けると寒い日が続き、三本榎に集まる人も少なくなってきた。そんなある日、ヒデ爺は重い肺炎を起こして街の病院へ入院してしまった。サヨ婆はもともと脳梗塞後遺症による半身麻痺であるが、足を引きずりながら毎日世話に通った。近所の人々も入れ代わり立ち代わり、見舞いに行き「早く元気になれよ、三本榎で待ってるよ」と励ました。しかし、人々の間では「危ないね。長くないかもしれないね。いい人なのにね」と口々に心配しあった。

 

あれは大寒が過ぎた頃、ヒデ爺はサヨ婆を枕もとに呼んで、息絶え絶えに話した。
「婆さんや、おらーお前と生きて来て幸せだった。ありがとうよ。お前を残すのが心配だけどな、先にあの世に逝く。あの世でもお前と一緒に暮らしたいんだ。あの世の三本榎の下で気長に待っているからな。いいな、三本榎に来るんだぞ」 

「あいよ、爺さんや、嬉しいよ、あたしもすぐ逝くから」と笑顔を向けた。 

「いいか、もう一度言う。お前は忘れっぽいんでな。間違えるなよ。三本榎だぞ」と念を押して言うと、安心したように眠りについた。そして、しばらくして息を引き取った。

 

 二人に子供はいない。兄弟姉妹はすべて亡くなっている。近所の人々はそんな事情を知っているので、野島民生委員とみんなで自宅に集まり葬式を行った。 

「ヒデ爺はいい人だったよ。サヨ婆はひとりで寂しいだろうけど、あたしたちがついているから、気をしっかり持ちなよ」と励ました。

 

 それから数年、サヨ婆は近所の人々とホームヘルパーに支えられて暮らしていた。しかし、寒い冬のさなか、サヨ婆もヒデ爺と同じように肺炎になり入院してしまった。

 

人々は「もしもの時には、ヒデ爺さんが待っている三本榎へ逝くんだよ。あたしたちも後から逝くからね。そこでまた、みんなで仲良く暮らそうよ」と祈ってくれた。サヨ婆もそれにこたえるように夢うつつの中で、「三本榎、三本榎」と何度もつぶやいていた。 

 

数日後サヨ婆は、野島民生委員と近所の人々に囲まれて、あの世に旅立った。しかし、サヨ婆の魂は思いもよらない方向をめざして飛び立った。到着したところは「二本榎」だった。 

 

そこで待っていたのは、 

「待ち遠しかったよ。あんたは十五の時の初恋の人だ。現世では一緒になれなかったけど、あの時の約束通り待っていたよ」と、しわくちゃの笑みを浮かべて、サヨ婆を迎えたのは同級生のトシ爺であった。 

「待たせたよ、嬉しいよ。あの世へ来てもヒデ爺と一緒なんて、つまらないよ。別の人がいいよ」と苦笑した。

 

 その後、あの世の三本榎に人々は次々と集まり、まだ若いのに野島民生委員も来た。 

「あたしは癌であっという間に来てしまったよ。ところで、ヒデ爺さん、サヨ婆さんはいないのですか」と野島民生委員は訊ねた。

 

近所の人々は「あの二人はなー」と言って、クスクス笑いだした。 

誰彼となく言い放った。 

「ヒデ爺さんが一本榎の根元に座り込み、そわそわしていたのを見かけたぞ」 

「やっぱりね。一本榎で老人ホームに入ったキミ婆さんを待ってんだろう」 

「まさか、キミ婆さんは、あたしにはここ三本榎に来ると言っていたわよ」 

「ウソだよ。ここには来ないよ。サヨ婆さんには秘密だけど」 

「そうそう、ヒデ爺さんは、キミ婆さんと老人ホームでよく会っていたんだよ」

 

 人々は、今日も三本榎に集まって大笑いした。

 2016.8.22

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