« 1-2 虎ノ門の女 | トップページ | 1-3 たった10分だけ書きましょう »

2016年12月 6日 (火)

3-1 緑のカーテン

           緑のカーテン 

五月の大型連休が過ぎると、陽の光は次第に夏のように強い陽射しに変わる。まだ、5月と思いながらも、エアコンをつけて部屋を冷やしたくなる。

「パパー、暑いよ」

友だちと遊びまわって帰ってきた娘の香菜(小学五年)は、リビングに入るなり叫んだ。まだ陽は高い。出窓に照りつけた陽の光がまぶしい。

「きょうは蒸し暑くなってきたね。夏のようだ」と、直光は応じた。

「パパ―、エアコンつけていい?」

その時だ。妻の由梨がすかさず独り言のように隣のキッチンでつぶやいたのは。

「今年も夏には節電しようね」

直光と香菜は、お互いの目を見て小さな声で「ええー」とうなずきあった。昨夏の徹底した節電に辟易したことが脳裏をよぎった。だが、反対することはできそうにない。由梨の強弁には所詮かなわない。

 

昨夏は東日本大震災・福島原子力発電崩壊の影響で、電力不足が予想され各家庭でも節電が求められた。由梨は昨夏には徹底した節電に取り組み、例年の電気料を半減させた。それに気をよくしてか今年の夏も、昨年ほどの節電は求められていないにもかかわらず、同様の節電を実行しようとしているようだ。

節電の中心はエアコンを使わないことになる。昨年はともかく、今年も冷房なしで暑い夏を過ごすことになりそうだ。このほか昨年は、照明をこまめに消し、電化製品のコンセントを使わないときには抜くことなど、由梨は細かく指示し監視していた。今年もその監視の下で暮らさざるを得ないことが、直光と香菜には何とも窮屈でたまらないのだ。

そう思うと今から気が滅入る。長期天気予報では、この夏は暑さが例年以上に続くと言われているし。

 

「パパ、今年は窓の外へゴーヤを植えて緑のカーテンを作ろう、とママが言っていたよ」

香菜は由梨の代弁をして、二人の仲を取り持つ役割を数年前から身につけている。

「それはいいね、そうすればエアコンに使う電気をさらに節約できるね。パパも賛成だよ」

しかし、庭のその場所には、春から夏菫が群生していた。直光はそれを毎日のように見守り除草し、晴天続きの時は水やりを欠かさないで育ててきた。夏菫はそんな直光の期待にこたえてすくすくと伸びて、今を盛りに咲いている。一階の部屋に緑のカーテンを張るには、ゴーヤはそこに植えなければならない。

どうしたものか。もし「ゴーヤの種を蒔くところに、夏菫がたくさん咲いているのだけど・・・」と、由梨に言ったとしたら「じゃーいいです。ゴーヤの種は蒔きません」と一言で片づけられてしまう、と直光は予測した。

このようなことで二人の意見を調整して決めていく過程は、もう数年以上前から存在しないのだ。由梨はいつも一人で決め、意見の違いは調整なく、「そっちはそっちでやって、あたしはあたしでやるから」と、直光は突き放され、その後そのことについて、無視・無関心を続けられることになってしまう。このようなことがいかにたくさん積ってしまっていることかと思うと、内心激しい怒りが込み上げてくる。

 

されどもやはり、「夏菫をほかに植え変えよう。そうすると元気をなくしてしまうことは明らかだが、ゴーヤを植えるにはここしかない。そうしないと由梨自身が、黙って夏菫を引き抜かざるを得ないことになる。それは、由梨にとっては耐えがたい行為になってしまうだろうし、直光としても黙って引き抜かれることに気分を壊される。

そんなことになるのは、望まない。それより、直光は私が植え変えておけば、由梨も喜んでくれるはずだと思う。が、ほんとにそうなるだろうか、という一抹の不安が残る。由梨は直光の行為に感謝できるのか。いや、そうならなくともゴーヤは、ここに植えなければ緑のカーテンは作れないのだから、そうするのがいいのだと自分に言いきかせた。

二日後の土曜日、由梨は半日ほど買物で外出すると言う。きょうも晴天で蒸し暑い。直光はこのすきを狙って、夏菫の一苗一苗を丁寧に掘り起こして、半分以上を鉢や庭の隅に植え変えた。いい汗をかいた。気分爽快だ。今夜はおいしいビールを飲めるぞと、満足した。

「香菜、庭に来てごらん、パパ、夏菫を植え変えたよ」

「ほんとだ。わー、みんなかわいいね。枯れなければいいね」

「大丈夫だよ。ちょっと元気がなくなるけど、すぐに盛り返してくるよ」

「この辺りにゴーヤの種を蒔くの?」

「そうだね、この窓に沿って蒔けばいいよ。ママに言っておいてくれよ」

「うん、言っとくよ」

 

 それから二週間が過ぎ、六月になり既に梅雨入りした。梅雨の晴れ間は二~三日はあったが、一向にゴーヤが植えられる気配はなかった。直光は香菜にそれとなく確かめた。

「香菜、ママは庭にゴーヤの種をまだ蒔いていないようだけど、どうしているのかな?」

「あのね、ママは二階のベランダにキュウリなどを鉢植えするのだって」

「え、そ、そうなのだ。それはよかったね。二階は一階よりも暑くなるからね」

「パパ、せっかく夏菫を植え変えたのにね。最初ママは、ゴーヤを庭で育てたいと言っていたのだけれどね。仕方ないね」

「うーん、仕方ないね」

直光はしばらく悶々としていた。

「香菜ね、ゴーヤはパパが蒔くよ。ゴーヤを育てる楽しみをママからいただいたことにするよ」と自分に言い聞かせた。

 

 次の朝、直光は目覚めが悪かった。由梨と香菜がいる前で、由梨に思い切って訊ねた。

「庭にゴーヤを植えると言っていたのではないの?」

「言ってないよ」

由梨は顔を上げることもなく応えた。直光は室内を一巡して、再び尋ねた。

「俺も香奈も勘違いしたのだ」と言い流した。

香菜はこちらを見て軽くうなずいた。

由梨は下を向いたまま沈黙している。

2013.1.27

« 1-2 虎ノ門の女 | トップページ | 1-3 たった10分だけ書きましょう »

3 超短編小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/70104/64591719

この記事へのトラックバック一覧です: 3-1 緑のカーテン:

« 1-2 虎ノ門の女 | トップページ | 1-3 たった10分だけ書きましょう »