1 エッセイ他

2016年12月11日 (日)

1-5 嬉しい記念日

 昨日は散歩時に一挙に3キロほど走れた。とはいえ、走るというより歩くに近い走りであるが、それでも歩くより走る方がエネルギーをより消費する。

 ここまで走れるようになったのは、一つは散歩歴20年の成果であろう。が、もう一つは1年以上前から、少しづつ走っては歩き、歩いては走るのを続けて、走る距離を伸ばしてきたことがある。

 さらに昨日は、小説書きが進展した。1年以上前から書き続けているものを、何度か中断しても書いてきたが、それが一挙に先が見えてきたのだ。これで最後まで書き進むめどが立った。年内には完了する。継続は力なりということか。

 昨日はこの二つで嬉しい記念日としたい。一つのことを続けることで、ヤマを乗り越えることができたのだ。自身が湧いた。誇りを持てた。さらに次の山に向けてひたすら走り、書くのだ。

2016年12月 9日 (金)

1-4 書きたいことのテーマ

      書きたいことのテーマ

「最も古い記憶は何だろう」と、私は記憶の底を辿る。それは、60年余りも辿っても同じ風景であった。60年かけてこの記憶はすっかり定着したのかもしれない。あるいは、事実でないかもしれないが。 


「縁側でひーあばあさんが糸車を操っている風景」だ。ひーおばあさんは私が3歳の時に亡くなったと聞いている。私は詩や小説を書くにはこの風景から始めねばならないだろう、と思うのである。この風景に書きたいことのすべてが凝縮されているように思うのだ。
 


 
 このように記憶を辿ると、次なる古い記憶は何だろうと気になる。乳幼児期のいくつかの記憶が浮かんで来る。それはおじいさんとの記憶であり、同居していたおばさん達とおじさんとのことである。しかし、そこには、両親との記憶は何一つ浮かんでこない。なぜなのか、私は今更ながらこのことに慄然とし、涙をにじませる。
 

 
 
3歳まで私を母親代わりのように可愛がり、結婚していったおばさんのこと。
 
5歳児から幼稚園に通い始めた頃のおじいさんとのこと。
 小学校2年まで私を可愛がり、結婚していったおばさんとのこと。
 
そして、精神障害を患っていたおじさんとのこと。
 


 
私はこれら乳幼児期の記憶に両親が出てこないことを意識しだしたのは、詩や小説を読み始めた19歳の時であった。それまで、なぜ自分は時々寂しく、悲しくなり、頭痛を伴って涙を流すのか、わからなかった。

 

 でも本を読み始めてわかった。それは「両親への愛着が薄い」ということが原因だと、探り当てた。そう、この頃に詩人になろう、小説家になろうという夢が芽生えもしたのだ。 


 
「両親への愛着が薄いことでの寂しさ、悲しさ」が書きたいことのテーマになるのかもしれない。

2009.2.9 

 

2016年12月 7日 (水)

1-3 たった10分だけ書きましょう

  たった10分だけ書きましょう

たった10分だけ時間を下さいと内なる作家に呼び掛けて、もしも応じてくれたら明日素敵なご褒美をあげると約束して、今こうして書き始めたのだ。そしたら、作家さんは満面の笑顔を浮かべていままで書きたくないといっていたのに作家であることをすぐに取り戻してしまったから不思議だ。


 
 そうなんだこれでよいのだ。書き始めれば進んでいくのだ。それは散歩にも似ていることなんだ。毎朝の散歩のことだよ。作家さんは散歩が好きで毎朝出かけるが時々、行きたくないという思いに襲われるが少しでも歩いてこようと出かけるや否や、なんて散歩は素敵なんだとすぐに心変わりするんだ。


 
 そうなんだ、それだけのことなんだ。歩き出すこと、書き出すことで自分を取り戻せるのだ。歩きたくない、書きたくないという思いが募ってもはじめてしまえば前に進むことができるのだ。それは何もむずかしいことではないのだ。歩くことは誕生と同時に目指していることなんだ。書くこともきっと同様に誕生と同時に目指してきたことなんだから、書くことは生きることであるのだ。生きることの日常に書くことも含まれているのだ。


 
 これでもう10分以上過ぎたよ。作家さん。書けるじゃないか作家さん。さあ、明日もこんな調子で自由にのびのびと気楽にとにかく書こうよ。ところで明日のご褒美というのはなんですか。それは書くこと以上に大好きな庭仕事をしてもよいということですよ。では、寝る時間がやってきました。これだけ書けたのだから何も心配しないでゆっくり休んでください。明日、お会いしましょう。お休みなさい。

2010.10.1

2016年12月 6日 (火)

1-2 虎ノ門の女

            虎ノ門の女

午後は雨になるという。昨日吹きまくった冷たい北風は嘘のよう。虎ノ門駅・地下の階段を出た路上には、湿り気のある生温かい風が吹いている。オフイスを出た女性たちは上着なしで行き交う。斜め前からの胸は小刻みに波打つ。斜め後ろからの腰は左右にたゆとう。先ほどから私はスターバックスのテラスの椅子から眺めている。光明はこの先の出版社に行く時には、必ずここで休むことにしている。


 残る余韻と前を行く女性たちが、昨夜の雪枝の姿を呼び戻す。雪枝が上着を脱いだ時、情事が終わりシャツを着た時、私はソファーから胸から腰に、腰から胸に視線を滑らせて眺めた。雪枝は「いやねー、むこう向いてて」と、上着を脱ぐときも、シャツを着る時も同じ言葉を返して後ろを向いた。その時、胸は揺れ、腰は左右にたゆとうた。


 「今夜は寒いけどね、光明さん、明日わね、暖かくなって、午後には久しぶりに雨が降るようよ。上着なしで街を歩けるかもね、光明さん、早くこっちへ来て・・・」ダブルベッドの布団の先から雪枝の声が漏れてきた。「僕は嬉しいよ。上着を脱いだ女性が街を歩いている姿が久々に見られるからね」と、笑いながら応えた。

雪枝は「今、私の上着を脱いだ姿を見たでしょう、あとでまた見せてあげるわね、しょうがない人ね」

 

2010.1.28 

1-1 四十路の女

「聞いてよ」

「聞いてるよ」あのことだとすぐに分かる。

「またか」
「またよ」


 朝が過ぎた頃、たいした付き合いでもない
四十路初めの女からの電話。長々と聞く。

 彼女は女二人でアパートに暮らす派遣職員。仕事は夕方から深夜まで。寝るのも起きるのも遅い生活。

「ガタ、コト、ジャー」眠れない。

 隣室の母子家庭の20歳前の息子が、深夜入浴時に立てる物音がうるさい

「ガー」うるさい。まだ、目覚めない早朝から、母は毎朝掃除機をかける。

 なんでこんな四十路女を苦しめるのか。二人とも非常識。

 息子は引きこもり状態。母親は昼間働いている。

 不動産屋から注意してもらったが効き目がない。今日は役所の保健師に訴えた。もう半年以上続く。怖くなってきた。

「気を付けろよ。こじれると危ないぞ。明日会って詳しく聞くよ」

「え、会えるの。わかった。ありがとう」

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