3 超短編小説

2016年12月 8日 (木)

3-3 草食系男子

  

                     草食系男子 

 

靖男は年前から実家を離れ、隣町のアパートで一人暮らしをしている。幸い福祉の相談業務の仕事は安定し、お金に困るわけでもない。料理もそれなりにできる。

しかし、三十八歳にもなって女性に恵まれない自分を情けないと思う。父母からは、「一人息子のお前が結婚しないと家系が成り立たない。孫も早く見たい」と責めたてられる。最近は女性を嫌いなのではないかと疑われている。

実のところ何度も女性との交際をめざして、彼なりに対策を立てて実行してきた。職場では何人かにアプローチしてきたし、上司も紹介してくれたこともあった。数年前からは合コンにも参加している。

だが、ことごとく失敗に終わっている。彼が相手を希望しても、相手が最後まで彼を好んでくれない。それでも合コンは続けている。最近は女性から興味さえ持たれなく、彼自身も積極的になれる女性は、一向に現れなくなってしまった。しかし、なんとか四十歳までには結婚したいと思う。焦れば焦るほど女性に対する関心は、薄れるどころか深まるばかりであった。

ところがそんな状況が変わりだした。靖男はある土曜の午後、行きつけの図書館の閲覧室で本を読んでいた。座席は次第にふさがってきたが、隣の席は空いていた。

「ここ空いていますか」と後ろから女性の声が聞こえて来た。

振り向いて靖男はありきたりに、

「ええ、空いていますよ」と答えた。

その時、彼は彼女から二度の視線を受けた。最初は凝らした視線、二度目は会釈を添えての微笑んだ視線。彼はその視線に魅せられ心臓が高鳴って来た。「もしかして、自分に関心を持ってくれるかもしれない」とさえ思い始めた。

靖男は隣に座った女性に気付かれないよう、さりげなく女性を観察しだした。このため読んでいた小説は一向に頭に入らなくなった。

週間後、同じ時刻に閲覧室の席に座ってそれとなく彼女を待った。すると彼女がやって来て、靖男のテーブルの前に座り向き合った。互いに目があって会釈した。彼女の笑顔と視線は一週間前と変わらない魅力を発した。

その後、何度か館内で見かけ、どちらともなく話しかけては会話を楽しむことができた。閲覧室では話ができないので、いつしか入り口近くのソファーが指定席になってきた。

彼女の名前は雪子と言い、偶然にも靖男と同じ福祉関係の仕事で話しが弾んだ。彼女が図書館に来ているのは、ケアマネジャーの受験勉強と言う。歳は三十代前半のようだ。

 やがて靖男は雪子をデートに誘いたい思いが湧いてきた。彼女も彼の思いを受けるように話をすることが多くなったと、靖男は受け止めた。でも、ヘタにデートに誘って、むげに断れてしまうことを恐れて言い出せない。

 先日の土曜日だった。話が弾んで靖男は何気なく誕生日のことを口にした時に、雪子は表情がみるみる和らぎ、あの魅力的な笑顔で視線を向けてきた。彼女も喜んで自分の誕生日を教えてくれた。こんなことがあったので、今日の誕生日にはプレゼントでもあるかもしれないと、朝から期待が膨らんできたのだ。

 午後、図書館にわくわくした気持ちで出かけると、雪子が先に来ていて、靖男に気付くとにこにこと近づいてきた。彼は暖かい気持ちで迎えたが、予想に反して、誕生日の「おめでとう」もプレゼントもなかった。彼は「やっぱりダメか」と、気持ちがすっかり沈んでしまった。

 帰る時間になると、帰り支度を終えた雪子が近づいてきた。彼女は靖男を見詰めて「今日は暇なんだ」とぽつりとつぶやいた。彼は「もう少しここにいます」とそっけなく答えた。それでも玄関まで送った。彼女は二、三歩進んで戻り、バッグから小包を取り出して、

「バカね、あなたは草食系よ」と言って小包を差し出した。

「え?」

「でも、いいわよ。はい、誕生日、おめでとう」とくすくす笑いだした。

靖男は小包に結わかれた赤いリボンを見詰めて、満面の笑みを浮かべた。

「待ってください。今、荷物を持ってきます。一緒に帰りましょう」

2016.7.25

2016年12月 7日 (水)

3-2 三本榎の人々

 

    三本榎の人々   

 

ヒデ爺とサヨ婆は夫婦仲が良く、近所の人々の間で評判であった。人々は榎町の史跡公園にあるベンチに集い、いつも二人を話題にしていた。

 

公園は大きな榎の木の枝で覆われ、古くからこの地は「三本榎」と呼ばれている。かって旅する人々の休憩所として、三本の榎が植えられたと言われる。二キロ西には、「二本榎」の木もあり、その先の隣町には「一本榎」の史跡もある。

 

元気だった二人は八十歳を超え、次第に弱くなり三本榎に行けない日が多くなった。隣近所の人たちは野島民生委員と協力して、時々自宅を訪ねては二人の様子を伺った。

 

今年も新年が明けると寒い日が続き、三本榎に集まる人も少なくなってきた。そんなある日、ヒデ爺は重い肺炎を起こして街の病院へ入院してしまった。サヨ婆はもともと脳梗塞後遺症による半身麻痺であるが、足を引きずりながら毎日世話に通った。近所の人々も入れ代わり立ち代わり、見舞いに行き「早く元気になれよ、三本榎で待ってるよ」と励ました。しかし、人々の間では「危ないね。長くないかもしれないね。いい人なのにね」と口々に心配しあった。

 

あれは大寒が過ぎた頃、ヒデ爺はサヨ婆を枕もとに呼んで、息絶え絶えに話した。
「婆さんや、おらーお前と生きて来て幸せだった。ありがとうよ。お前を残すのが心配だけどな、先にあの世に逝く。あの世でもお前と一緒に暮らしたいんだ。あの世の三本榎の下で気長に待っているからな。いいな、三本榎に来るんだぞ」 

「あいよ、爺さんや、嬉しいよ、あたしもすぐ逝くから」と笑顔を向けた。 

「いいか、もう一度言う。お前は忘れっぽいんでな。間違えるなよ。三本榎だぞ」と念を押して言うと、安心したように眠りについた。そして、しばらくして息を引き取った。

 

 二人に子供はいない。兄弟姉妹はすべて亡くなっている。近所の人々はそんな事情を知っているので、野島民生委員とみんなで自宅に集まり葬式を行った。 

「ヒデ爺はいい人だったよ。サヨ婆はひとりで寂しいだろうけど、あたしたちがついているから、気をしっかり持ちなよ」と励ました。

 

 それから数年、サヨ婆は近所の人々とホームヘルパーに支えられて暮らしていた。しかし、寒い冬のさなか、サヨ婆もヒデ爺と同じように肺炎になり入院してしまった。

 

人々は「もしもの時には、ヒデ爺さんが待っている三本榎へ逝くんだよ。あたしたちも後から逝くからね。そこでまた、みんなで仲良く暮らそうよ」と祈ってくれた。サヨ婆もそれにこたえるように夢うつつの中で、「三本榎、三本榎」と何度もつぶやいていた。 

 

数日後サヨ婆は、野島民生委員と近所の人々に囲まれて、あの世に旅立った。しかし、サヨ婆の魂は思いもよらない方向をめざして飛び立った。到着したところは「二本榎」だった。 

 

そこで待っていたのは、 

「待ち遠しかったよ。あんたは十五の時の初恋の人だ。現世では一緒になれなかったけど、あの時の約束通り待っていたよ」と、しわくちゃの笑みを浮かべて、サヨ婆を迎えたのは同級生のトシ爺であった。 

「待たせたよ、嬉しいよ。あの世へ来てもヒデ爺と一緒なんて、つまらないよ。別の人がいいよ」と苦笑した。

 

 その後、あの世の三本榎に人々は次々と集まり、まだ若いのに野島民生委員も来た。 

「あたしは癌であっという間に来てしまったよ。ところで、ヒデ爺さん、サヨ婆さんはいないのですか」と野島民生委員は訊ねた。

 

近所の人々は「あの二人はなー」と言って、クスクス笑いだした。 

誰彼となく言い放った。 

「ヒデ爺さんが一本榎の根元に座り込み、そわそわしていたのを見かけたぞ」 

「やっぱりね。一本榎で老人ホームに入ったキミ婆さんを待ってんだろう」 

「まさか、キミ婆さんは、あたしにはここ三本榎に来ると言っていたわよ」 

「ウソだよ。ここには来ないよ。サヨ婆さんには秘密だけど」 

「そうそう、ヒデ爺さんは、キミ婆さんと老人ホームでよく会っていたんだよ」

 

 人々は、今日も三本榎に集まって大笑いした。

 2016.8.22

2016年12月 6日 (火)

3-1 緑のカーテン

           緑のカーテン 

五月の大型連休が過ぎると、陽の光は次第に夏のように強い陽射しに変わる。まだ、5月と思いながらも、エアコンをつけて部屋を冷やしたくなる。

「パパー、暑いよ」

友だちと遊びまわって帰ってきた娘の香菜(小学五年)は、リビングに入るなり叫んだ。まだ陽は高い。出窓に照りつけた陽の光がまぶしい。

「きょうは蒸し暑くなってきたね。夏のようだ」と、直光は応じた。

「パパ―、エアコンつけていい?」

その時だ。妻の由梨がすかさず独り言のように隣のキッチンでつぶやいたのは。

「今年も夏には節電しようね」

直光と香菜は、お互いの目を見て小さな声で「ええー」とうなずきあった。昨夏の徹底した節電に辟易したことが脳裏をよぎった。だが、反対することはできそうにない。由梨の強弁には所詮かなわない。

 

昨夏は東日本大震災・福島原子力発電崩壊の影響で、電力不足が予想され各家庭でも節電が求められた。由梨は昨夏には徹底した節電に取り組み、例年の電気料を半減させた。それに気をよくしてか今年の夏も、昨年ほどの節電は求められていないにもかかわらず、同様の節電を実行しようとしているようだ。

節電の中心はエアコンを使わないことになる。昨年はともかく、今年も冷房なしで暑い夏を過ごすことになりそうだ。このほか昨年は、照明をこまめに消し、電化製品のコンセントを使わないときには抜くことなど、由梨は細かく指示し監視していた。今年もその監視の下で暮らさざるを得ないことが、直光と香菜には何とも窮屈でたまらないのだ。

そう思うと今から気が滅入る。長期天気予報では、この夏は暑さが例年以上に続くと言われているし。

 

「パパ、今年は窓の外へゴーヤを植えて緑のカーテンを作ろう、とママが言っていたよ」

香菜は由梨の代弁をして、二人の仲を取り持つ役割を数年前から身につけている。

「それはいいね、そうすればエアコンに使う電気をさらに節約できるね。パパも賛成だよ」

しかし、庭のその場所には、春から夏菫が群生していた。直光はそれを毎日のように見守り除草し、晴天続きの時は水やりを欠かさないで育ててきた。夏菫はそんな直光の期待にこたえてすくすくと伸びて、今を盛りに咲いている。一階の部屋に緑のカーテンを張るには、ゴーヤはそこに植えなければならない。

どうしたものか。もし「ゴーヤの種を蒔くところに、夏菫がたくさん咲いているのだけど・・・」と、由梨に言ったとしたら「じゃーいいです。ゴーヤの種は蒔きません」と一言で片づけられてしまう、と直光は予測した。

このようなことで二人の意見を調整して決めていく過程は、もう数年以上前から存在しないのだ。由梨はいつも一人で決め、意見の違いは調整なく、「そっちはそっちでやって、あたしはあたしでやるから」と、直光は突き放され、その後そのことについて、無視・無関心を続けられることになってしまう。このようなことがいかにたくさん積ってしまっていることかと思うと、内心激しい怒りが込み上げてくる。

 

されどもやはり、「夏菫をほかに植え変えよう。そうすると元気をなくしてしまうことは明らかだが、ゴーヤを植えるにはここしかない。そうしないと由梨自身が、黙って夏菫を引き抜かざるを得ないことになる。それは、由梨にとっては耐えがたい行為になってしまうだろうし、直光としても黙って引き抜かれることに気分を壊される。

そんなことになるのは、望まない。それより、直光は私が植え変えておけば、由梨も喜んでくれるはずだと思う。が、ほんとにそうなるだろうか、という一抹の不安が残る。由梨は直光の行為に感謝できるのか。いや、そうならなくともゴーヤは、ここに植えなければ緑のカーテンは作れないのだから、そうするのがいいのだと自分に言いきかせた。

二日後の土曜日、由梨は半日ほど買物で外出すると言う。きょうも晴天で蒸し暑い。直光はこのすきを狙って、夏菫の一苗一苗を丁寧に掘り起こして、半分以上を鉢や庭の隅に植え変えた。いい汗をかいた。気分爽快だ。今夜はおいしいビールを飲めるぞと、満足した。

「香菜、庭に来てごらん、パパ、夏菫を植え変えたよ」

「ほんとだ。わー、みんなかわいいね。枯れなければいいね」

「大丈夫だよ。ちょっと元気がなくなるけど、すぐに盛り返してくるよ」

「この辺りにゴーヤの種を蒔くの?」

「そうだね、この窓に沿って蒔けばいいよ。ママに言っておいてくれよ」

「うん、言っとくよ」

 

 それから二週間が過ぎ、六月になり既に梅雨入りした。梅雨の晴れ間は二~三日はあったが、一向にゴーヤが植えられる気配はなかった。直光は香菜にそれとなく確かめた。

「香菜、ママは庭にゴーヤの種をまだ蒔いていないようだけど、どうしているのかな?」

「あのね、ママは二階のベランダにキュウリなどを鉢植えするのだって」

「え、そ、そうなのだ。それはよかったね。二階は一階よりも暑くなるからね」

「パパ、せっかく夏菫を植え変えたのにね。最初ママは、ゴーヤを庭で育てたいと言っていたのだけれどね。仕方ないね」

「うーん、仕方ないね」

直光はしばらく悶々としていた。

「香菜ね、ゴーヤはパパが蒔くよ。ゴーヤを育てる楽しみをママからいただいたことにするよ」と自分に言い聞かせた。

 

 次の朝、直光は目覚めが悪かった。由梨と香菜がいる前で、由梨に思い切って訊ねた。

「庭にゴーヤを植えると言っていたのではないの?」

「言ってないよ」

由梨は顔を上げることもなく応えた。直光は室内を一巡して、再び尋ねた。

「俺も香奈も勘違いしたのだ」と言い流した。

香菜はこちらを見て軽くうなずいた。

由梨は下を向いたまま沈黙している。

2013.1.27

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